2008年12月20日土曜日

161-162(SB)

SB(161)
There is in our world ample facilities for all to obtain knowledge when they are ready to receive it.

我々の世界には、彼らがそれを受け取る準備ができているとき全員が知識を得るのに十分な施設があります。

If they are, not ready to receive it, then they cannot obtain it.

もし彼らが、それを受け取る用意ができていないなら、かれらはそれを得ることができません。

SB(162)
Whether it is in your world or ours attempted makes no difference.

それがあなた方の世界で、あるいは我々の世界で試されているかどうかは問題ではありません[どうでもよいことなのです]。

You know, Sam. It is only when the pupil is ready that the reader can arrive.

お分かりでしょう、サム。生徒に準備ができたときにだけ、教師はやってくることができるのです。
⇒弟子に準備ができたとき始めて、師はやってくることができるのです。

It is only when S + V that S+V. =SがVして始めてSはVする。

79 ALL NEED IS MET

あらゆる必要[ということ]は満たされる
As you give yourselves in service, so is your life-force being replenished.
あなたが奉仕に身をささげるとき、それによってこそあなたの生命力は補充されているのです(とこ ろなのです)。

・asは、様態ではなく、時(~するとき、するなら)など。

There is no end to the life-force; it moves in a circle.
生命の力にとって、終わりというものはありません。それは円になって動いているのです。

There is no beginning and no end to life--it is eternal.
いのちにとっては始まりも無ければ終わりもありません。 それは永遠なのです。

生命力に終わりはないそれは円となって動いている(循環している)
生命には始まりも無ければ終わりもない。それは永遠なのです。
エネルギーを与えている→与えたものが帰ってくる
先生は与えることで受け取れる
与えた分だけ返ってくる
失ったものは戻ってくる

78 THE PILLARS OF PROTECTION

78    THE PILLARS OF PROTECTION
守護の柱
You pray; 
あなたは祈ります。どういうことかというと、
you sometimes cry out in your need to your protector---the Great White Spirit---which is the canopy of your temple.
あなたは時々泣き叫びます。あなたの保護者である…偉大なる白い霊に対して、あなたの必要から・・・それはあなたの神殿の天蓋なのです。
But, in order for you to receive full protection, you need to develop within yourselves qualities of the spirit which are like the pillars supporting the canopy.
  1. しかし、(あなたが溢れるほど、)十分な保護を受けるためには、あなたはあなた自身のうちで、天蓋を支える柱のような[である]霊のさまざまな性質を開発[発展]させる必要があるのです。
  2. 完全なる保護を(神から、霊界から)    あなたは・・・柱のような霊のさまざまな特質を発達させる・・・
This means that when in daily life these Christlike qualities are put into operation, then by spiritual law, all the protection, the guidance, the help that a soul needs comes to it.
  1. これは、以下のことを意味しています。毎日の生活で、これらのキリストのような性質が発動されるとき、それから、霊の法則によって、魂が必要とする、あらゆる守り、保護、教示(指示)助けがやってくるのです。
  2. 日常生活の中で、これらのキリストのような特性が発動されるとき、そのときは、霊的[の]法則によって、魂の必要とする    保護、導き、助け    やってくるのです。

2008年12月19日金曜日

76 BE READY FOR JOY その2

喜びの用意をしていなさい    

他の人たちのうちに愛の性質を感じると言うことは、なんという喜びでしょう!
What a joy it is to feel the quality of love in others! 
外の心と小さな自分をいらいらさせるその小さな物事、それらをあなたから落とさせなさい・・・そしてあなたの仲間のそれぞれのうちに、あなた自身が持っていたであろう愛と奉仕の、この美しい精神を見るのです。
The little things which irritate the outer mind and the little self, let them fall from you...and see in each of your companions this beautiful spirit of love and service which you yourself would have.
  •  which you yourself以下がかかっているのは、
  1. spirit?:「あなたが持っていたであろう(愛と奉仕の)美しい精神」それとも
  2. love and service?:「あなたが持っていたであろう愛と奉仕の、あの美しい精神(持っていたのは愛と奉仕?)」

愛するために外へ行き[前に出て]、そして瞬時[瞬く間]にあなたの兄弟姉妹の必要とするものに気づきなさい。愛と助けになる行為[業(わざ)、行い]が巧くあるようにしなさい[用意ができていなさい]。
Go forth, and instantly notice the need of your brother and sister: be ready with a work of love and helpfulness.
  • be ready with:「すぐ~する;[…が]上手で、早くて」すぐに言い訳をする、計算が巧い[早い]と言った用例がある。

2008年12月15日月曜日

77 LIVING LOVE

生きている愛(2008年12月12日、その1)
あなたはあなたの世俗的な思考によって[があるので、持っているので]自分自身を知ることができないのです。あなたはあなたの霊的な目覚め、次なる勉強[研究]、そして瞑想を通じて、そしてまた神の存在を実践[神聖を発揮]することによってのみ、自分自身を知ることができるのです。この神性を発揮することはこの世界では難しいことなのです。イエスはとても単純に謙遜の中で以下のことを言うためにやってきました。「お互いを[に]愛しなさい」と。しかしあなた方が、あらゆる[すべての]存在を愛することは、とても難しいことなのです。けれども、もしあらゆる人々がお互いを愛し、神性を発揮するならば、人生がどのようになるのか、ほんの少しでも考えることができませんか[想像して、心に描いてくれませんか]?
  • この神の存在を実践することは、世界で[この世で]一番難しいことなのです。
This practicing the presence of God is the hardest thing in the world.
     神性を発揮する。 神の態度[風采]を行う。

LIVING LOVE You cannot know yourself with all your earthly thinking: you can only know yourself through your spiritual awakening and subsequent study and meditation, and by practising the presence of God. This practicing the presence of God is the hardest thing in the world. Jesus came in all simplicity and humility to say: Love one another. But it is hard for you to love all beings. Can you though for a moment conceive what life might be if all people loved one another and practised the presence of God?


Can you ~:「してくれますか?」、though:副詞「でも、もっとも」

66と同じ第1稿。非公開ブログとはいえ、教師の訳を打ち込んだものを公開することに違和感を覚える。授業で取り組んだ和訳など、辞書を片手に自分で訳したものから載せるといいのかもしれない。そもそも和訳に取り組む際に参考にする教師の訳も載せなければ、フェアではない(誰に対して?)という考えから、ひとまず授業で速記したものを書き起こす習慣が付いていた。

76 BE READY FOR JOY

喜びに備えなさい 他人の中に愛の特性[特質]を感じることができるとはなんと喜ばしいことなんでしょう。外側のこころと小さな自己[自分](小我)を苛々させる些細なこと、それらをあなたから引き離しなさい[落とさせなさい、手放しなさい]そしてあなた自身が持っているところの愛と奉仕のこの美しい精神を見なさい。愛のために外に出かけなさい。そうすればすぐに、あなたの兄弟、あなたの姉妹の必要とするものに気づくでしょう。愛と助けの行為[実践]をいつでも使えるようにしておきなさい。

BE READY FOR JOY What a joy to feel the quality of love in others! The little things which irritate the outer mind and the little self, let them fall from you…and see in each of your companions this beautiful spirit of love and service which you yourself would have. Go forth to love, and instantly notice the need of your brother, your sister: be ready with a work of love and helpfulness.

速記したものを書き起こすより、自分の訳を洗練させていくことを優先させていくのがいいのかもしれません。授業の訳は参考にするけれども、必要に応じて書き起こすような感じ。そうすると自分の学習者としての主体性を中心におくことができます。自分に必要なものを先生の授業の記録から吸収することができるのです。